待望の英会話
よくある話だが、再び私は失望した。
域外適用の『可否』と実際にそれをするか否かの政策判断とは別物はっきりさせておこう。
域外適用をし得るか否かは、これまで再三述べて来たように、国際法上の問題である。
最近の日本の若于国際法研究者の中には、属地主義万能の議論はおかしく、効果理論(より正確に言えば連結点〔コネクティングーファクターズ〕理論。
その内容は既に述べてある)を採用しても問題ないはずだということ(正確には、それに近いこと)を、ようやく論してくれる人も出て来た。
ともかく、前記のマレーシアの事件でも、現地子会社は日本の親会社の所有と支配(コントロール)の下にあり、種々の点で日本との関係は濃密である。
現地での出来事に対して、日本法の域外適用は十分可能である(この辺は、「効果」理論という独禁法オリジンの言葉では説明しにくいが、決め手は、基本的には日本とその出来事との密接関連性の程度なのである)。
その上で、前記のズワイ蟹輸入カルテル事件について論じた諸点と、種々突き合わせて考えてゆく必要かある。
具体的な規制方法として、どこまでのことが許されるかを、そこで改めて考えるのである(日本法の域外適用で、現地子会社に対して直接マレーシアでの操業を将来にわたって禁止する、等のことは出来ない)。
また、常に国際法で認められたギリギリの限界(といってもグレイーゾーンは相当広いが)まで。
実際に域外適用すべきかは、個別の政策決定の問題となる。
既述の公取委の「渉外問題研究会報告書」でも、この点は、それなりにしっかりと押さえられている。
域外適用し得る場合は、属地主義のみによる場合よりもかなり広く設定できる。
かかる域外適用の可否の判断においても、ある程度他国の政策との衝突の程度は、然るべく勘案されるべきだが(国際法上の要請として、である)、その枠内でどの辺まで実際に域外適用すべきかは、別途検討すべき政策課題だ、とされているのである。
アメリカに自国の法制度をあわせる程アメリカの域外適用は過激になる。
ところで、最後に、一つのパラドックスを示しておく。
アメリカの法制度にあわせれば、日米間の摩擦は減るから、そうしよう。
といったアメリカナイゼイション論(それを彼らは、非常にしばしば国際的制度調和と言う)が、昨今の日本で根づよい。
けれども、それはアメリカの域外適用を、さらに過激なものにする効果を伴う。
アメリカの域外適用の。
オーソドックスな理論においては、相手国が対抗立法を持ち、それを発動する等の事情があれば、それを十分考慮して。
場合によって域外適用をしない方向に傾く(但し、詳論は避けるが、アメリカにおける慣習国際法の地位は、日本などに比べ、かなり低い。
また、域外適用をどこまで出来るかについて種々の利害〔利益〕のバランシングーテストをする際、それか国際法の要請に基づく、といった意識も、かなり稀薄である。
各国か国際法〔条約も合む〕を自国の法体系上、どこに位置づけるかも、国によって異なっているのである)。
けれども、相手国がアメリカと同様の法制度を持っているならば、むしろ安心して域外適用をしてしまう、といったことになり易いのである。
だったら相手国に任せよう。
ということには必ずしもならないのである。
この点は十分に注意すべきところである。
この点を理解せずに。
闇雲に日本の国内諸制度をアメリカにあわせ、友好的姿勢を示せば、日米摩擦は回避できる、と思い込んで動き回る人々が、今の日本では意外な程多いのである。
前章で論じた国家法の域外適用は、企業等の活動か国際化するに伴い、国家の公的規制も国際化する、という必然的な流れの中で生して来た問題であった。
だか、一国の公権力行使は、他国の国家的な(国家としての)同意なしには他国内には及び得ない、という基本的前提を踏まえたものであった。
右の前提は動かし得ない。
だが、そのことによって、例えばある国が課税をしたのに、その国の中にある資産をパッと国外に移転することによって。
いともたやすくその国の課税権を逃れる、といったことが生ずる。
罰金等の刑事罰についても、同じことか生ずる。
しかも、各国は、同じような悩みを、お互いに有している。
そこで、国家と国家との間で、あくまで平等な立場で、右のような事態に刈処するための約束事をする、といった展開になることかある。
これを(国際的な)『共助』と言う。
実際には、けっこう多様な「共助」のメカニズムがある。
通常の国際的な民事訴訟でも、被告が自国内に拠点のない外国企業や、外国在住の者である場合には、その者に対して「訴状」をどうやって送り届ける(送達する)かが問題となる。
訴状が被告に送達されてはじめて、手続が進むことになるが、国境を越えて他国内に居る者に送達することを。
その他国の側で主権の行使ととらえる場合が、少なくない。
もちろん、日本の民事訴訟法でも、どうしようもない場合には、裁判所の入口の掲示板に紙を貼っておいて丁足期間後、被告に訴状が送達されたものとして扱う、公示送達という方法もある。
海外の被告にはたしかに不利だが、日木で訴えねばならぬ原告側の裁判を受ける権利(憲法で保障されている)も、保護しなければならない。
公示送達は、ギリギリの国家的選択による、フィクションである。
そこで、同じ問題を抱える国家間で、「共助」の協定を結び、外交ルートで訴状を送達することが考えられるに下るフ証拠調べ等でも、同様のことがなされる。
裁判所の手続との関係での『共助』ゆえ、これを国際司法共助と言う(外国の民事判決の承認・執行は、共助とは異なる。
あくまで承認する側の国の自主的な決定に基づき、国際的な事業活動や生活をする私人の立場に立って、承認・不承認を考えるのである)。
だが、以ドで主としてとり1げるのは、一般の民事裁判の場合ではなく、行政庁の行なう公権力行使についての「共助」である。
最も端的な共助のメカニズムとして、国際的な税の徴収共助の問題を、まず見ておこう。
なお、あらかじめ一言しておきたいことがある。
本章で扱う問題については、日本で殆ど理論的分析のメスが入れられていない。
だが、[国境]の有する意味を突き詰めて考える上では、避けて通れない問題のはずであるし、じっくり考えれば基本的な憲法問題に突き当たる。
つまり、ここでは、「国境」を強く意識するということは、自国の憲法上の要請を突き詰めて考えることと、殆ど同義なのである。
安易なボーダーレスーエコノミー論とは反対の極にある、国際協調と憲法との緊張関係を、しっかりと見据える眼が必要なのである。
そしてそれは、「羅針盤なき日本」における、浮き足たった様々な漠然たる議論や一般の風潮に対する、重大な警鐘でもあるのである。
国際的な税の徴収共助日本は、数十か国との間に、二国問の租税条約を結んでいる。
他の国々も、相互に同様のことを行なっている。
国際的な事業活動を行なっている者にとっては。
複数の国で重複して課税されることが、重大な意味を有する。
税率四〇%で二国で課税されたら、所得の八〇%を持ってゆかれることになる。
健全な国際的事業活動にとって、この点は深刻である。
そこで、このような国際的二重課税の防止が、二国間の租税条約の締結を各国に促す、他方、国際的な脱税の防止も、租税条約を結ぶ上での重要な理由となる。
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